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嗚呼、君知るや女の一生 [小説の下書き]

人生の最後がコロナなのかと思いながらも、料理を工夫して健康になろうと努力したり、髪を染めて鏡を見つめたり。心ここにあらず。昨晩は夜中の3時迄かかって、電子申請を済ませました。何事も経験!生きたくないとか、生き抜きたいとか、支離滅裂な日々でした。

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2か月の自粛休業。食べて寝て怒って、悲しんで…。心身がボロボロ。しかしそこまで行くと、人は案外開き直れます。私もそうです。人生で2回目の開き直り。夫を送った時もそうでした。人間らしく空を見上げるまで、丸2年の歳月が掛かりました。しかし今回は僅か2か月です。我ながら成長したものです(笑)

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さて恒例の「旅ゆけば~」つづきです。
皆さま、覚えておいででしょうか。私の趣味の社交ダンス。19歳スタートで21歳で終わりました。将来を考え、華道の教師になる為でした。家業を手伝いながらお茶の水の専門学校へ3年間、毎日通う日々でした。華道家への夢が大きく膨らんだ頃、結婚。華道教室を自宅で開きました。しかし世の中はフラワーアレンジメントへと、人々の興味が移ります。住宅様式が変わった為でした。

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大好きだった社交ダンスも結婚中は禁止でした。そして7年後30歳で一人になった私は殆ど毎日ダンス三昧。同居の母も認めてくれたのです。そんなある日、ダンンスではパートナーのBさんと桶川で待ち合わせ。初めての場所でしたので、ダンスホールがそこのあると思い、愛車を飛ばす私。赤いマツダの車で。母からのプレゼントでした。

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桶川の土手を上る手前に目をやると、事務所前でBさんが待っていました。「じゃ行こうか」と砂利道を歩きます。そして着いたのは、ホンダの飛行場でした。格納庫から出された飛行機が目の前に止っていました。今日は少し飛んでみようかと。まさか、もうびっくり仰天。空の旅はインドネシアまで一人で往復しましたが、あれはJAL。目の前の飛行機は…。後で聞いたところパイパー、チェロキーだとか。

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4人乗りですが、私はいつもBさんが操縦する隣の座席でした。雲の上に飛びながら思たことは、父の弟、長崎の叔父から貰った『ノンちゃん雲に乗る』という童話。何時か私はその人を叔父に見たてていたのかもしれません。雲の上真っ白な綿飴が一杯。夢の中を飛んでいるようでした。ベテランのBさんには何回も何回もダンスの合間にご一緒させて頂きました。車の免許を漸くとった私なのに、いつしか私も小型飛行機の免許を取ってみたい等と思うようになりました。そして数年後、仕事の関係で私は一人東京へ。(つづく)





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